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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)274号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一) 成立に争いのない甲第四号証(昭和六一年四月一七日付け手続補正書、以下「補正明細書」という。)によれば、本願発明の技術的課題、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願発明は、自動車等に用いられる変速装置で、特に変速機構に副変速機を付加し、オーバドライブを含む多段の変速比を得る車輌用自動変速装置に関するものである(補正明細書第二頁第一一行ないし第一四行)。従来、多段変速機にオーバドライブ段を追加してオーバドライブ段付自動変速装置とすることは、内部構造が複雑になり、多段変速機に大幅な変更を要し、生産設備も大幅な変更となり、コスト高になるほどの欠点を有し、実用的でなかつた(同第二頁第一六行ないし第三頁第三行)。本願発明は、右知見に基づき、汎用の多段式変速機である主変速機とトルクコンバータとの間に、右主変速機とは別体に入力軸上に構成される副変速機を付加することによつてオーバドライブ段を自動変速機に追加し、スラスト荷重が主変速機、副変速機共に影響しあうことなく、高速走行時の燃費を低減し、また主変速機と副変速機とを独立組立てを可能にし、組立時に相互に悪影響を与えることのない自動変速装置を提供することを目的とし、(第三頁第五行ないし第一六行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用した(第一四頁第三行ないし第一五頁第五行)。

本願発明は、前記構成を採用したことにより、<1>汎用のトルクコンバータ及び自動変速機に大きな設計変更を要することなく、オーバドライブ段付自動変速装置を得ることができる、<2>主変速機と副変速機の結合をそれぞれの組立てとは独立に行うことができるので、結合作業が容易である、<3>リングギヤフランジの基部を隔壁の中心穴に遊嵌せしめるようにしたことにより、ケースの軸方向の寸法を増大せしめない、<4>副変速機の出力軸でもある主変速機の入力軸を、副変速機のリングギヤフランジにスプライン結合せしめているから、両変速機の同心的連結が容易である、<5>副変速機の作動によつて生ずるスラスト荷重は、スラストベアリングを介して隔壁により支承され、主変速機に影響を与えることなく、また主変速機の作動により生ずるスラスト荷重はスプライン結合のため副変速機側に影響を与えることはない、<6>リングギヤフランジは、副変速機の出力軸にスプライン結合されているとともに、その基部が隔壁の中心穴に遊嵌されているから、リングギヤは自然体で回転することができ、遊星歯車機構の回転の偏りや振動をすべてスプライン結合部に集中させ、ギヤノイズ及びギヤ摩擦の発生を阻止するとともに、リングギヤの偏心運動をスプライン結合において吸収する等の作用効果を奏するものである(同第六頁第一行ないし第一三頁第一九行、以下「作用効果<1>ないし<6>」という。)

(二) 他方、引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には「部材80は軸63にスプライン結合されたハブを備え、ピストン82を内蔵するシリンダ81を形成する(第三欄第四八行ないし第五〇行)」「遊星歯車機構のサンギヤ97は軸63にスプライン結合されており(第三欄第七四行、第七五行)」「サンギヤ120軸63にスプライン結合されており(第四欄第四一行、第四二行)」との記載があることが認められ、右記載に引用例第1ないし第3図(別紙図面二参照)及び前記当事者間に争いのない引用例記載の技術事項によれば、引用例記載のものは、その出力軸はトルク伝達部材62を固着または一体に形成して副変速機のリングギヤ47をボルトナツトで固着するとともに、主変速機のサンギヤ97、120、及びシリンダを形成する部材80のハブをそれぞれスプライン結合するとともに、部材80を支承するためのスリーブ状部を中心穴の周囲に突設した隔壁を、部材80とトルク伝達部材62との間に配設してその中心穴で出力軸を軸支し、出力軸の他端(出力側)にナツトを螺装し、該ナツトによつて、該ナツトとトルク伝達部材62との間に、サンギヤ120、サンギヤ97、部材80のハブ及び隔壁を挟持していること、隔壁はハウジング70にボルト締めされて固着されていることが認められる。右事実からすると、このような構成にあつては、自動変速装置の組立において、出力軸にまず隔壁を軸支し、次いで部材80、サンギヤ97、サンギヤ120を含む主変速機を出力軸上に組立て、これをナツトで締付け、その組立体をハウジング70に挿入して隔壁をハウジング70にボルト締めし、その後に副変速装置を入力軸上に組立てなければならないものである。したがつて、引用例記載のものは、副変速機を主変速機と別体とし、両者を独立して組立てた後に駆動的に連結することは不可能なものである。また、主変速機に副変速機を配設するためには、従来の主変速機に大幅な変更を施す必要のあるものである。

してみると、引用例記載のものは、前記1(一)で認定したところの本願発明の技術的課題であるオーバドライブと汎用の多段式変速機との間に、右多段式変速機とは組立時に相互に悪影響を与えない独立の副変速機を付加することによつてオーバドライブ段を追加し、しかもスラスト荷重が主変速機、副変速機ともに影響し合うことなく、その上に副変速機と主変速機(汎用の多段式変速機)とは独立組立てを可能にする自動変速装置の提供ということを目的とするものでない。

(三) また、成立に争いのない甲第八号証によれば、第一周知例の図面(別紙図面三参照)には、トルク伝達軸90に支承された複合遊星歯車系92の環状歯車108がトルク伝達部材112によつて出力軸110にスプライン結合されていることが記載され、また、成立に争いのない甲第九号証によれば、第二周知例には「リングギヤ51にスプライン結合された駆動体52は、符番54により示されるスプライン結合により動力を出力軸12に伝達する(第三欄第五二行ないし第五五行)」と記載されていることが認められ、ともに自動変速装置において、出力軸と該出力軸とは別個の軸に支承された遊星歯車装置のリングギヤとを動力伝達部材を介してスプライン結合する技術を教示しているものではあるが、前掲甲第八号証、甲第九号証によれば、第一周知例及び第二周知例には、本願発明のようにトルクコンバータと汎用の多段式変速機との間に副変速機を設け、変速装置のケース内に隔壁で隔てられて配設されている他の変速装置に出力軸を連結させて該変速機にオーバドライブ比の回転を伝達するような構成は開示されていない。したがつて、当然のことながら、右のような構成において、副変速機と主変速機とを別個に組立て可能とし、かつ両者の駆動的連結を容易とし、さらにはスラスト荷重がともに影響し合うことのないようにするという本願発明の技術的課題は、第一周知例及び第二周知例にはない。

2 相違点<2>の判断について

本願発明は、副変速機を、主変速機とは別体に、副変速機自体の入力軸上に構成し、かつ副変速機の出力軸と主変速機の入力軸とを兼ねさせ、副変速機をトルクコンバータと主変速機との間に付加することによつてオーバドライブ段を主変速機に追加する自動変速装置を提供することを目的とし、副変速機の入力軸は遊星歯車機構のキヤリアに同心的に連結されるとともに、トルクコンバータの出力側に連結され、副変速機の出力軸は、遊星歯車機構のリングギヤに同心的に連結されたリングギヤフランジにスプライン結合される(「構成要件甲」)とともに、主変速機の入力軸とされ、副変速機の前記リングギヤフランジの基部は、主変速機と副変速機とを隔てるように変速装置のケースに形成された隔壁に、副変速機の出力軸を貫通せしめるようにした中心穴に遊嵌せしめる(「構成要件乙」)という構成を採用したものであり、そのことにより作用効果<1>ないし<6>を奏するものであることは前記1(一)で認定したとおりである。

ところで、審決は、本願発明の相違点<2>の構成である、出力軸とリングギヤフランジとをスプライン結合することは本件出願前周知の技術であり、また該スプライン結合の基部はケースに形成された隔壁に、該出力軸を貫通せしめるようにした中心穴に遊嵌せしめてケースの軸寸法方向を徒らに増大せしめないようにする程度のことは当業者が容易に採り得る設計的事項であると判断している。

自動変速装置において、出力軸と該出力軸とは別個の軸に支承された遊星歯車装置のリングギヤとを動力伝達部材(本願発明のリングギヤフランジに相当)を介してスプライン結合する手段自体は本件出願前周知の技術であることは原告も認めるところである。しかしながら、本願発明は、オーバドライブ比と直結比とを達成する遊星歯車機構を備えた副変速機を、該副変速機とは隔壁を隔てて自動変速装置のハウジングに収容されている主変速機に駆動的に連結するという第一及び第二周知例記載のものとは異なつた構成の自動変速装置において、引用例、第一及び第二周知例には開示されていない新規な技術的課題のもとに、「構成要件甲」「構成要件乙」の構成を得たものであること前記1(一)、(二)、(三)の認定より明らかなところである。してみると、単に自動変速装置において、遊星歯車機構のリングギヤと出力軸とをスプライン結合するという構成が本件出願前周知の技術であるからといつて、本願発明の前記技術的課題の下に、引用例記載のものの出力軸とリングギヤフランジの構成に替えて本願発明の「構成要件甲」の構成を得ることは当業者にとつて容易なことであるとはいえず、また、本願発明が「構成要件乙」の構成を採用したのも、前記技術課題を解決するためであつて、単にケースの軸方向寸法を徒らに増大せしめないようにするためだけではないのであるから、これがケースの隔壁の中心穴を通した出力軸とリングギヤフランジとの結合、組立に当たつて当業者が容易に採り得る設計的事項の域を出ないものであるとはいえない。

そして、本願発明は、「構成要件甲」及び「構成要件乙」の構成を採用したことによつて、作用効果<1>ないし<6>を奏するものであることは前記1(一)で認定したとおりであるところ、右作用効果について、前掲甲第五号証、甲第八号証、甲第九号証によれば、引用例、第一及び第二周知例には何ら開示されておらず、示唆する記載もないことが認められ、これらは引用例、第一及び第二周知例記載のものからは予測し得ない本願発明の特異の作用効果であるといえる。

したがつて、本願発明の相違点<2>の構成は、引用例の出力軸とリングギヤフランジ及び出力軸と隔壁の中心穴との関連構成に替えて本件出願前周知の技術と当業者が容易に採り得る設計的事項を単に適用したにすぎず、かかる適用が当業者に格別困難なことであるとは認められない、とした前記審決の判断は誤りである。

3 以上のとおりであつて、審決は、相違点<2>についての判断を誤り、本願発明は、引用例記載のもの及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものと誤つて判断したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

トルクコンバータと、自動変速装置の主変速機との間にオーバドライブ比と直結比とを達成する副変速機を配設した車輌用自動変速装置において、

前記副変速機は、入力軸と、サンギヤ、プラネタリピニオン、リングギヤ及び前記プラネタリピニオンを回転自在に支承するキヤリヤとよりなる遊星歯車機構と、前記サンギヤと前記キヤリヤ又はリングギヤとを係脱自在に係合するクラツチと、前記サンギヤを制動するブレーキと、出力軸とを備え、

前記入力軸は、前記キヤリヤに同心的に連結されるとともに、前記トルクコンバータの出力側に連結され、前記出力軸は、前記リングギヤに同心的に連結されたリンクギヤフランジにスプライン結合するとともに前記主変速機の入力軸とされ、

前記リングギヤフランジの基部は、前記主変速機と前記副変速機とを隔てるように前記変速装置のケースに形成された隔壁に、前記出力軸を貫通せしめるようにした中心穴に遊嵌せしめられ、前記リングギヤフランジと前記隔壁との間にスラストベアリングが配設されていることを特徴とする車輌用自動変速装置(別紙図面一参照)。

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面一

<省略>

<省略>

別紙図面二

<省略>

(以下省略)

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